侍烏帽子



 冠位十二階以来、被り物は日本国家の中で身分標識の道具であり、それは中世においても同様である。
 礼服の冠に対して、烏帽子は本来は略式の被り物であったが、やがて日本社会の構成員で在る事の表象に成っていく。つまり烏帽子を被れない人間は、社会の枠組みの外に置かれた人々として扱われる。即ちそれは女子供、非人、僧侶、囚人らである。
 同時に烏帽子には様々な形があり、身につけている種類で身分を現した。かなり大まかに言えば「立烏帽子」は殿上人、「折烏帽子」は武士、「萎烏帽子」は百姓である。特に「折烏帽子」の一種である「侍烏帽子」は武士の象徴であり、武家社会の礼服の被り物へと昇華してゆく。

 詳しくは「中世歩兵研究所」内「被り物と髪形の概説」、「烏帽子」を参照。


 さてその「侍烏帽子」であるが、時代によって形が幾分違ってくるが、室町時代頃までの一般的な形状を再現したいと思っていた。
(尚、近世になると「納豆烏帽子」などと言われる、かなり形骸化した物へと成ってしまう)

 もっとも馴染みのある「侍烏帽子」は、相撲の行司が被っている物であろう。このタイプは販売もされている(有職.com内の「烏帽子」リスト)。
 しかしどうも立派すぎるというか、形が絵巻物などに描かれる物とは違う気がする。そこで安い(壊しても惜しくない値段の)烏帽子を購入して、色々といじって見る事にした。


1.素材
2.分解
3.習作
4.折り
5.漆塗
6.小結
7.完成


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1.素材


 さて今回、素材として利用したのは、下の図の頂頭掛付き紙製「侍烏帽子」である。これは「丸竹産業」さんで4800円(税別)で売っていた物(こちら)。他の豪華な物とは違って素朴な感じであり、むしろ本歌に近いのではないだろうか。それに値段が安いので、多少いじっても心が穏やかでいられる。

 画像では分かり難いが、頂頭掛は木綿の組紐製。烏帽子の縁は布をミシンで縫い付けた物。全体にラッカーと思わしき塗料が塗ってある。
 全体的には値段相応の部分があるが、まずまずである。

図1a:左側面
図1b:右側面

 しかし問題はここから。
 実際の下記の図の様に被ってみると、「侍烏帽子」と言うよりは船底帽の様である。上手く立体的に成らないのである。これは参った。
 塗った塗料で硬めとは言え、手で頭頂部を押して立体的な形に修正出来ないか試したが、根本的に烏帽子の折り方に問題が在る様に感じた。
 結果、この烏帽子は材料として用い、ほとんど部品の状態から作り直す事にした。

図1c
図1d

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2.分解


 右図が頂頭掛を外し、折りを開いて、「立烏帽子」の状態に戻した物。「侍烏帽子」も、基本は「立烏帽子」である事が分かる。

 黒い裏地が付いているのが分かるだろうか。
 何故か左側面上部が斜めに切り欠いている。この為、後々に難儀した。

 烏帽子は塗料で固まっているが、折りを直すには問題は無い。アイロンで折りシワを伸ばした。
図2

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3.習作

図3A
図3B

 いきなり現物を折っても素材を傷めるだけなので、伸ばした烏帽子を型どって習作用の烏帽子を作った。

 硬めの紙を素材に型どりをし、のりしろを残して切り抜く(図3A)。これを二つ作る。そしてこれをのり付けして(図3B)、習作用の烏帽子の出来上がり。

 これを様々な故実を元に、色々な折り方を試してみる。折る参考にしたのは、笹間良彦『資料・日本歴史図録』。
 この折り紙作業はなかなか面白く、大変勉強になった。折り方には故実が色々あるが、折ってみると下図の様に、さして出来上がりのシルエットに差はないのが分かる。
 ただ大体の感じを掴む為に大まかに折っているので、細部の正確性は欠いている。正確に折ろうとすると、一部斬り込みを入れたりする必要が在る為。また、烏帽子の幅と高さの比率などが違うのか、図版通りにはならなかった。
 画像の折り方も多分に間違いがあるだろう。なにぶん参考書の図版では理解できなかった部分も推測で試し折りをしたりと、習作している最中の画像なので。ちなみに上段左の物は、折り烏帽子なら通常は左折りにしなければ成らない所を、右折りにしてしまって、明らかに間違えてしまった例。

 ただこの時点で、髻(もとどり)を入れる巾子(こじ)の比率や位置が、絵巻物などで見る姿と違うなぁ・・・と悩み始める。イメージでは、もう少し巾子が小さく、位置も後ろの方に在る感じなのだが・・・。元になる烏帽子の縦横の比率に違いがあるのだろうか?それとも折り方に問題があるのだろうか?結局は良く分からなかった。

 その後、折ってみた物を実際に被ったりして、立体的な形を掴む。
 試し折りを繰り返して、随分と習作用烏帽子の紙が柔らかく成ったせいか、シルエットの感じが違うな・・・。古式は薄く漆をかけたりした布の烏帽子だった事を考えると、こういった感じの方が近いのかも知れない。
頂頭掛をして、半首と合わせてみる。
お恥ずかしい姿で申し訳ない。
おまけ:ポストミリテールのフィギュア
良いフィギュアなんだが、烏帽子の形が微妙に違う。

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4.折り


 では実際に、折ってみる。
 (ちなみにミシン留めされた縁の布は外してある)

 折る方式は『資料・日本歴史図録』の中の「古式折り」と紹介されているもの。本当は、伊勢貞丈の故実など、他の方法を試してみたかったが、左側面の切り欠いた部分を隠す為には選択肢が無かった。残念。

 折った後、固定する為に一部を縫い止めた。
図4a

@左折りにする。
 (画面左が前になる)

 額から後頭頂部へのラインで左に折る。
 因みに『貞丈雑記』の方式は、逆の前頭頂部から下後頭部へのラインで折る。
図4b

A右折りにする。
 (画面右が前になる)

 ひっくり返し、後上部を前へ右折りにする。
図4c

B縁を付ける。

 取り外して置いた既存の布製「縁部品」を、さらに半分の幅に折り、糸で縫い閉じておいた。
 この「縁部品」を、再び烏帽子の下縁に装着する。装着方法は膠で接着した。
図4d

C立体に折る。

 図4cの段階で在る程度折り目を加えておき、立体的な形に折って仕上げる。

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5.漆塗

 全体を漆塗りにして仕上げる。
 
 帽体部分は二度塗り仕上げ。
 縁の部分は布目を消す為に、二度塗りの後にペーパーで研ぎを掛け、仕上げ塗りをしている。

 今回も合成漆を使用。ただし「カシュー」ではなく、「ワシン工芸うるし」を使用した。
 以前より辰之進さんからの評判が良く、今回使ってみたのだが、なるほど良好です。「カシュー」と比べると乾燥時間が短く(表面乾燥は5時間。重ね塗りする際は8時間)、上手くすれば朝晩と作業が出来て、2倍近くはかどる。乾燥が早い為か、厚塗りによる縮も起こりにくい気もする。何よりも、容器が使いやすいです。「カシュー」は使い難すぎ。

図5

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6.小結


 最後に後部に小結を付ける。
 本来は、髻を結んだ紙縒(こより)の先を、烏帽子の穴から出して結び留めるが、今回は飾り。

 順番は前後するが、漆をかける前に小結用の穴を左右に開けておいた。
 小結は『貞状雑記』を参考に、紙縒二筋を「かたわな」に結び、輪を左側にした。文脈から「かたわな」は片蝶結びだと思うが、違うのだろうか。
 『貞丈雑記』では、小結を巾子の前まで廻して結び留める様に書かれているが、これは近世に成ってからの故実と思われるので、それには従わなかった。ただ紙縒二筋を「かたわな」に・・・というのも、あくまでも伊勢家の故実であるし、絵巻物を見るだけでも結び方は色々であっただろうと推測される。
図6
図6a

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7.完成

 とりあえず完成。
 付属の頂頭掛をかけてみた。

 次回は折り方だけではなく、烏帽子の縦横の比率なども考えてみたい。
(今回試さなかった訳ではないが、結論が出なかった)
図7

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