趣旨
この場では近世以前の戦いにおける歩兵達の姿を探求する事を目的とする。歩兵達の身につけた武具・衣服・装備を通じて、日本の軍事史を探ってみたい。
ここでまず、このサイトで言う「歩兵」が一体何を指すのか明確にしたい。
「歩兵」とは即ち、戦場で蠢(うごめ)く馬に乗らない人間達の事である。
では何故、「歩兵」という言葉を使ったのか。それは第一に「騎馬兵」である武将クラスの兵士と分けたかったからである。(時代によって軍隊での役割や、数的な比率は大きく違うとは言え)馬に乗る彼らは、特殊な技能を持っていたり、貴人であったりと、特殊な軍人だからである。
それならば「足軽」という言葉を使えば良いのだが、あえて使わなかった。それは「足軽」という言葉が下級の武士を意味する場合があり、酷く対象を限定してしまうからである。
戦場で立ち働いた人間は侍だけではない。侍の身分ではない中間、更に下人クラスの人間達もいる。また僧兵や武官など、武家以外(朝廷。寺社)に奉公する兵士も多い。夫丸として動員される百姓(一般人の意。農人に非ず)や、土木作業にあたる職人も、直接戦闘員ではないが広い意味での兵士である。
戦も大名クラスの軍勢がぶつかり合う場合もあれば、一方で村や荘園同士の衝突もある。また侵入してきた外敵に対して防衛に当たるのは、その土地の生活共同体(惣村など)である。こういった場合、生活共同体に属して戦闘行為の戦闘に立つのは百姓である事が多い。
これら様々な層の、色々な状況下の一般兵士達を含める為に「歩兵」としたのである。
続いて「中世」という時代的区切りをどこにするのかを明確にしたい。
ここ「中世歩兵研究所」では武士が誕生してくる平安末期から、徳川の秩序という平和が確立した江戸時代最後の戦争「島原の乱」までとしたい。
「中世」の時代区分を何処にするのかは、様々な立場から様々な意見が出ている。また南北朝の動乱を境に、政治だけではなく全てに於いて、日本に大きな変動が在った事が指摘されている。この大きく違う中世前期と後期を一括りにしてしまっても良い物か、非常に悩ましい。一方で軍事史的には近世は中世と差ほど変わらない点も多い。
しかしここでは便宜的に上記の定義で「中世」という時代区分を、いささか強引に仕立て、必要と在ればそれ以外の時代も視野に入れて考察していきたい。
何故研究するのか
興味のある事柄なのに、まとめられた資料が少ないからである。
近現代軍事史、軍装史において下級将校・兵下士官と呼ばれる階級の人気は高い。特に最前線で銃火の下をくぐる歩兵の人気は高く、その研究も数多い。その役割から当然、将軍・高級将校といった上級指揮官とは自ずと制服・装備品その他にいたるまで、彼らの姿は違ってくる。
これを前近世に当てはめると、上級指揮官とは武将クラスの人間である(中世初期ほど直接戦闘員としての役割が期待されるが)。
彼らと下級指揮官・兵卒との姿は違うはずであるし、実際に違う。武将達の姿は多くの軍記物に英雄として描かれ、服飾や武具の遺物も残されている。
所が武将以下の下級指揮官・兵卒の姿はどうであろうか?彼らの姿は見えてこない。
英雄ではない彼らが軍記物に登場してくる事は少ないし、服飾や武具も多くは消耗品であり、美術的価値を見いだされる事は無く消費される。絵巻物の中に描かれる事は在っても、その数は少ないし、物の記録を目的とした物ではないので、克明な姿は分からない。
例えば、数少ない下級兵士の資料として『雑兵物語』が取り上げられるが、これとて成立は江戸時代中期である。最後の争乱となった「島原の乱」に参陣した者達が老齢の身となり、「戦争を知らない子供達」に戦場での振る舞い方を教えた教科書である。同時代の記録でないために、その混入図版も含めて、当時の実際はどうで在ったのかは疑問が残る(それは多くの軍記・絵巻物にも言える事だが)。
要するに資料は少なく、よく分からない世界である。その上に余り注目されず、まとめられた物をなかなか見いだせない。よって、自力で幾ばくかでも調べ、まとめてみようと思ったのが動機である。
探求の仕方
このよく分からない「歩兵」達の姿を追い求めるのに以下の様な手法を用いた。
一、武将の姿を見る
幾ら身分の卑しい歩兵とはいえ、同時代の武将と武具・服飾が全く断絶しているとは考えにくい。
また少ないとはいえ、下級の物の武具の遺物が存在し、武将クラスの侍の描写の脇に、下級の者の姿を見る事も出来る。
比較的研究の進んでいる軍記・武具・武術に関する資料を見る中で、その時代の軍事、軍装史を学び、歩兵達の姿を抜き出してみる。
一、当時の庶民の姿を見る
絵巻物を中心に風俗を見る事で、当時の服飾・生活史を学びたい。
歩兵の姿を描いた物を見る事は当然だが、数が充分ではない。歩兵になった人々、それに近い人々の平時の服飾・道具を描いた物の観察は大いに参考になると思う。
一、古民具を見る
文章や絵巻物からは分からない部分を補う方法として、古い民具の姿を観察したい。
技術・素材革新が起こったり、外来文化の大量の流入といった事件が無い限り、それほど民衆の服飾に変化は無いようであるし、地域によっては、かなり古い姿を残す民具を今でも見る事が出来る。また時代を問わず、農民・猟師・漁師といった人々の普段着・作業着は、戦場で着用された服飾に近いのではないか?その姿の観察は中世の歩兵達の姿を推測する上で大いに参考に成るだろう。
また物から生活・文化を学ぶ事で、史学的考察に役立てたい。
我々は同様のテーマに興味を持つ同志を求めている。
同好の士による論文・資料等を求めている。
また掲載した物に対する意見等も寄せて欲しい。
お叱りの手紙ほど私を奮い立たせる物は無い。
是非何らかのリアクションを掲示板もしくは電子私信で頂きたい。
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