烏帽子の中でもっとも原初的で、もっともありふれた物が「萎烏帽子【なええぼし】」(もしくは「揉烏帽子【もみえぼし】」「梨打烏帽子【なしうちえぼし】」)である。
烏帽子が平安後期から漆で塗り固められ、素材も紙などに変わって硬化していく中で、「萎烏帽子」は薄物の布帛を用いた柔らかいままの姿をとどめ、公家が「立烏帽子」、武家が「侍烏帽子」を着用する中で、「萎烏帽子」は広く一般の成人男子に、また戦陣における武家装束としても着用された。
今回は中世前期頃まで、広く一般的に着用されていた「萎烏帽子」を再現してみたい。
詳しくは「中世歩兵研究所」内「被り物と髪形の概説」、「烏帽子」を参照。
1-1.萎烏帽子の形状と制作
「萎烏帽子」などの柔らかな烏帽子の具体的な形状に付いては、その実、良く分からないというのが正直な所である。
絵巻物などの絵画資料に、わずかにヒントを見いだせるが、不明な点が多い。それもこれも、こういった烏帽子が民具に近い物であり、有職故実といった形で伝承されにくい物であったからではないだろうか。「侍烏帽子」などの武家故実などとして伝承されている物ですら、時代の経過と共に古い形が失われているのであるから、なおさらである。
こういった柔らかい烏帽子の形状や制作方法について、主に江戸中期の故実家伊勢貞丈が述べているないようが有名であるが、それでも近世になってからの姿である様に思われる。
・素材
伊勢貞丈は、表地に黒く染色した綾や精好を用い、裏地に薄紙を重ねて柿渋や漆を薄く引いた物を用いるとしている。しかしながら戦陣装束的な仰々しいタイプの物ならともかくとして、普段着的な物はもう少し柔らかそうに思われる(下図参照)。
おそらく染色、もしくは薄く漆を引いた薄物の布帛を、単あるいは袷にして作っていると思われる。
(左):烏帽子を引き立てて着用している様子 『蒙古襲来絵詞』より
(右):萎烏帽子を着用する職人 『松崎天神絵詞』より
・形状
近世の烏帽子は総じて高さが低くなる傾向があり、伊勢貞丈も『軍用記』の中で、サイズは人によりけりだが、頭の周りが二尺ならば高さは一尺としている。これは例えば帽子のサイズが28の人の烏帽子の高さは28cmに成るという事である。
しかしながらどの図をみても、中世の烏帽子の縦と横の比率は著しく違い、高さは高目である。
また縁については『連阿口伝抄』の中に「縁の高さ一寸ばかりが程也。人によりては5、6分もあり、7、8分もあり計るべし」とあり、適当な幅で良い様である。古い物の中には縁にサイズ調整用の紐を通して、後ろで締めるタイプの物もあった様である。
・小結
小結は本来は髻【もとどり】に結びつけて烏帽子を頭部に固定する物であったが、時代が下ると共に、その機能を失い、ただの飾りとなってしまった。
実利的な存在であった頃の小結に付いてであるが、萎烏帽子に関しては『福富草紙』の描写が有名であり、非常に参考になる(下図参照)。
ここで注目すべきは小結の形状と取り付け位置である。
興味深いのは小結が左右の縁に取り付けられた二筋の紐ではなく、つながった輪である点である。
取り付け位置に関しては真ん中から少々後部よりといった所であろうか。
小結の紐の種類に関しては画像では分からないが、おそらく組紐であろうか。近世の装束故実では組紐とされる。
1-2.再現内容の確認
さて再現内容をどの様にするのかはっきりさせたい。
目標は『福富草紙』に描かれた物を基本とし、その他の絵画資料や、足りない部分は近世の故実書で補完しながら、中世期の一般的な萎烏帽子を再現する。
なお、素材や細かな形状の選択に付いては、制作過程の中で述べてゆきたい。
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まず素材である。 基本的には薄物の布帛を選ぶわけだが、伊勢家の主張する綾や精好という故実にこだわる必要も無いし、手元に黒染めの紗の古布があったので、それを用いる事とした。ただし、使用したのは化学繊維の安物。 小結用の組紐は2.5mmの手芸用組紐。素材はポリエステル。なんだか今回は化学繊維の代用品が多いなぁ。 型紙には前回の侍烏帽子の改造の際に作った物を使用。 |
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2-1 |
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縁を縫う。 前述した様に烏帽子の背が低くなるのを極力抑える為に、縁の高さを当初の一寸から五分に変更する。 既に一度折りをして縫い閉じているので、二度折り目をする。 2-5bと2-5cは、角と小結部分のアップ。 |
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2-5a | |
2-5b | 2-5c |
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裏返して完成。 |
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2-6 |
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モデルに普通に被って頂きました。 本来は髻に小結を結びつけるのだが、髻を結っている、あるいは結える様なモデルが入手困難なので、今回は頭に乗せているだけ。 また髻が在ると無いとでは、後頭部の烏帽子のシルエットが変わってくるが、なるべく膨らむ様に整えて撮影した。 もう少し烏帽子の高さがあれば、またシルエットも変わってきただろう。 |
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