半首




 半首(はっぷり)とは、中世前期に使用された顔を保護する防具である。これだけを着用する事もあれば、兜の下に着用する事もあった。鎌倉末期から南北朝の頃に、新たに現れた頬当・面貌に取って代わられ姿を消す。
 素材としては鉄・革で、漆塗りにした物や絵韋を貼り付けた物などがある。
 今回は鉄に漆塗りした半首を再現してみた。
 ベースは丸竹産業製の「半首」である。
 鉄板に漆を塗る際には様々な技法があり、革・布を貼り付けてから塗る方法、木屎(こくそ)を盛ってから塗る方法、直接漆を焼き付ける方法などがあるが、今回は布を貼り付けてから木屎を盛り、その上から漆塗りにした(後述)。
 なお、本漆は高価で、技法が難しい為(かぶれが怖いというのもある)、人工漆のカシュー塗料を使用した。

@塗料を剥がす
A布を着せる
B木屎を盛る
C塗装
D仕上げ

E総括




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塗料を剥がす

 とりあえず塗料を剥がす。
 剥離剤を使って剥がしたのだが、裏の朱色はとろける様に剥がれ落ちたにもかかわらず、ベースになる黒の塗装は殆ど剥がれず。かなり食い付きが良く、弾力性のある塗料を使っている様。撮影や時代祭の小道具に使う事を考えたら、なるほど・・・と思う。
 剥離剤を塗ると少し剥離するので、そこを割り箸をヘラ代わりにして、こそぎ落とす。しかもビニールっぽい塗料なので(引っ張ると伸びる)、お湯をかけて暖めながら擦らないと、ヘラを使っても全く剥がれない。剥離した部分をこそぎ落とすと、再び剥離剤を塗り、又剥離した部分をお湯をかけながらヘラで擦る・・・これを数度繰り返す。
 ここまで強力な塗料ならば、ヤスリで削り落とすか、そのままにしておけば良かったかも知れない。




布を着せる

 塗料を剥がした半首に布(麻布)を着せる。

 先述した様に漆塗りを施す際には幾つか方法が在る様だが、遺物(恐らく江戸時代)の半首を観ると多くは漆を直に塗っている様に見える。また半首に限らず、布を着せて漆を施すのは裏面に多い様で、木屎を盛るにしても表には貼り付ける例は見受けられない気がするがどうであろうか。
 今回布を着せたのは、着せてみたかったからである。膠を試してみたかったし、より全体を肉厚にしたかったからという事もある。

 布は大まかに切り、膠を溶かしたお湯に浸し、半首に貼り付けた。貼り付けてから細かく布を切りそろえる。膠の接着力は低く、金属面に布を貼り付けるには少々弱い。素材にこだわらなければ、タッチボンドなどを利用している人もいる様だ。
 乾くと布が縮み、剥がれる部分が出てくるので、水や膠を塗り、指で布を伸ばす様に空気を押しだし付け直す。また上から膠を塗って布を固めてやった。





木屎を盛る

 下地を作る為に木屎を盛った。
 木屎とは生漆に繊維質の物などを混ぜて作ったパテである。混ぜる物としては細かく切った麻糸、とのこ、小麦粉などがある。混ぜ物の量を増やしたり、混ぜ物の材質によっては、作業がしやすく成る反面、強度は軟弱になる。また木屎自体はそれ程強度が在る訳ではないので、塗装下地以上の役割を果たさない。だから厚塗りをしたり盛りつけたりするのは、装飾的効果を狙った技法でしかない。

 今回は肉厚にしたかったので、布目を隠す以上に厚塗りした。
 丸竹産業製品の多くは鉄板の周りに、バイヤステープの様に真鍮で縁取り処理をしている物が多い。この処理の仕方は好きではなく、特にハンダ留めの跡と、リベットを隠したいという希望があった。また肉厚でフラットな物にしたかったので、この真鍮の縁取りの高さまで木屎を盛る事にした。



 今回は「カシュー下地一号」を使用した。
 初めにカシュー用の刷毛で大まかに盛りつけた後、耐水ペーパー(360番くらい)で研ぎ、今度はプラスティックのヘラで盛り、再度耐水ペーパーで研ぎ出した。
 刷毛だと曲面でも盛りつけし易いが、表面の凹凸が激しいし、粘度の高い状態では塗れないので薄め液をかなり入れてやらねばならない。よってドベを塗る様な感じで、肉厚には塗りにくい。またヘラならフラットに粘度の高いパテを盛りつけられるが、曲面(特に裏面)は塗りにくい。漆職人の様に、先を塗る物の曲面に合わせたヘラを作ってやる必要が在ったかも知れない。
 ここでもう少し丁寧に下地処理をしておけばなぁ・・・と後悔するのは、もう少し後であった。でも面倒臭くてねぇ・・・。





塗装

 いよいよ漆塗りである。前述した様にカシュー塗料を代用として使用した。
 カシュー塗料は薄め液で20%程薄めてから使用する。濃度が濃いと筆ムラが出てしまい研ぎに苦労するが、薄くても(筆の空気でか)泡が出たり、垂れたりするので注意が必要。また厚塗りをすると乾燥時に縮みシワが出たり、乾燥に時間がかかったりする。適度な濃さで薄めに塗るのが我慢のしどころと言えよう。
 気温20度の状況で、次の工程に移れる時間(「作業乾燥」)として20時間ほど要する。「完全乾燥」(同温で七日)をさせてから作業を進めた方が最良だが、「作業乾燥」でも充分の様だ。

 塗装の工程としてオフィシャルなマニュアルに幾つかの例が出ているが、大体において以下の様に指示している。

・下塗り→研ぎ(320番)→中塗り→研ぎ(400番)→上塗り

上記の様な工程で塗る事は、まず諦めた方が良い(断言)。特に上塗りはホコリ等が付かない様に漆室(うるしむろ)の様な所に入れる様に指示があるが、普通の部屋だと塗っている間からホコリが尽くし、どうしても泡が立ってしまったりする。それに室なぞ用意出来るかぁ!という事もある。
 私としては以下の様な工程が理想かと思う。なかなかこう上手くは行かないが。

・下塗り→研ぎ(360番→600番)→中塗り→研ぎ(600番)→上塗り→研ぎ(1000番→2000番)→磨き(コンパウンド)



 今回は下地処理が不十分で凹凸があり、カシュー塗料を塗る事でそれを補ってしまい、おかげでかなり無駄に塗っては研ぐという作業をしてしまった。まるでサーフェイサーの様にカシュー塗料を塗っていた訳だ・・・。

 それとカシュー黒は問題ないのだが、裏面に塗ったカシュー赤が難敵であった。同じカシュー塗料でありながら随分とカシュー黒とは性質が違い、非常に硬化しにくい塗料であった。まず良く顔料と溶剤を混ぜないと硬化しないし、厚塗りを少しでもするとシビアに縮みが生じてその部分がなかなか硬化しない。(初めて塗った時は混ぜが足りなかった上に、厚塗りをし過ぎて、一週間たっても硬化せず、泣く泣くヘラと耐水ペーパーを使って全面こそぎ落とすハメになった。) 乾燥してからも強度が低い様だ。

 結局、表面は塗りを五回。裏面はカシュー黒で二回下塗りの後、カシュー赤で四回ほど塗った。
 本当はもっと塗り重ねて仕上げるべきだったかも知れないが、力つきた。

 最後には仕上げとして耐水ペーパーの2000番で研いだ後に、コンパウンドで磨いた。600番で研いだ傷が消えなかった様で、画像では分からないが余り綺麗に仕上がらなかったのが残念。




仕上げ

 最後に紐を通す穴を丸棒ヤスリで削り(カシュー塗料が入り込んでいたので)、穴の大きさを元に戻して、紐を通した。紐は付属の組み紐を使った。





総括

 ここに至るまで(二ヶ月ほど放って在ったり、休み休みやっていたとはいえ)、実に半年以上かかってしまった。資料を捜したり、材料や工程を模索しながらという事もあるが、実に時間がかかった物である。ってか、かかり過ぎ。完成した達成感はちっとも無く、ただただ開放感が在るのみである。
 有意義であったと思うのは、膠の性質が何となく理解できた事と(既に液体状になった膠を使っている点で反則かも知れないが)、カシュー塗料を一から勉強出来た事であろう。
 反省点としては下地処理はもう少し丁寧に・・・という事だろうか。
 時代考証的には余り資料が無い物だし、元々の製品がしっかりした造りなので、特に何も無い。もう少し下地処理について調べてみようかとも思うが。